Anthropology and feeling’s diary

人類学に関する本、日常で思ったことなど。まだまだ勉強中なのでご教示ください。

E・ヴァレンタイン・ダニエル「悩める国家、疎外される人々」

 

他者の苦しみへの責任――ソーシャル・サファリングを知る

他者の苦しみへの責任――ソーシャル・サファリングを知る

 

 

先に紹介した本書の中でE・ヴァレンタイン・ダニエルの「悩める国家、疎外される人々」が自分の研究分野とも近く、理解を深めるために詳しくまとめていく。

 

E・ヴァレンタイン・ダニエルはスリランカ出身のタミル人であり、南インドおよびスリランカをフィールドとして社会的暴力と難民問題などを研究。(本書著者紹介より)

また、本論文でも出てくるがM.ハイデガーの哲学とC.S.パースの記号論を人類学に組み合わせることに取り組んでいる。(コロンビア大学プロフィールよりhttp://anthropology.columbia.edu/people/profile/350)

 

では、まとめ。はじめにダニエルはこう書く。

国民国家の中心には、審美的動機がある。国民国家も、他の審美形式と同様、無秩序に秩序をもたらし、無形のものに形を与えることを約束する。しかし、たとえこの秩序が、たんに未来の希望…として想定されている場合にも、その希望は、想像上の「過去への栄光」へのノスタルジアに満ちている。」(p.152)

ある領域と人々が近代的な国民国家としての形を持つとき「国家の歴史」=国史が必要となる。これがないとその国に暮らす人々や国外の人々にとって国家の定義つまり「どんな国なのか」ということが定まらないからだ。

様々な歴史があり、様々な「民族」、宗教が入り混じった地域に対して一つの国という形を持たせ、それの「歴史」というものを書くというのは一般に考えられるよりも非常に困難である。

どんな書き方をしても恣意的なものにしかならない。なので「作られた〈国家の歴史〉」とここでは一貫して表記している。

もともとの捉えどころのない(国としての)無秩序の状態から決まった形の「歴史」つまり秩序をもたらすことで、人々は安心して国家について考えることができるようになる。

しかし、もちろん一つの「歴史」(大文字の歴史と呼ばれることもある)が決定した時に、そこに入らなかった人々、事例に対しては排除がおきるため(お前は正当な国の構成要素ではない!ということ)、これには問題が常に付きまとう。

歴史問題が現代日本で存在するものこのようなことからだ。

 

このような「作られた〈国家の歴史〉」および国家という枠組みに対する人々の捉え方について本論文では取り組んでいる。

具体的には、英国に移住したスリランカ・タミル人について調査をした結果をもとに分析を行っている。

 

 多くの先行研究では、人々はどこであれ国民国家に帰属するものだとして、そのアイデンティティ・ポリティックスについて考えてきたが、本論文で見るような第三期の難民にとってはそれは当てはまらないとする。

なぜなら彼らは「あらゆる国家に対して背を向けた」(p.154)からである。

このような人々にとって国家とはどのようなものなのか、このような対処にはどのような変遷があるのかということについて事例から見ていく。

(以下の項分けは本論文に準ずる)

英国のタミル人

そもそも、英国のタミル人とはどのような人々なのか。ダニエルは以下の三つのカテゴリーに分ける。

  • 第一期 1950年代 セイロンが英国の植民地支配から独立した初期(1948年独立)
  • 第二期 1960~70年代 大学が広く開放していた時期にスリランカにおいてタミル人としての息苦しさから留学
  • 第三期 1980年代初期に、スリランカの内戦を逃れたタミル人
第一期―エリートたち

上流階級や上層中流階級の出身。セイロンのエリート校で学び、セイロン人としても自覚をもち、西洋の慣習や様式になじんでいる。法律、医学、工学などの専門職の学位を取り、帰国することを目指す者

国家に関する歴史書を持つなどセイロン人としての自覚。(タミル人としてではない)

 

20世紀前半のある時点で「作られた〈国家の歴史〉」は国家の独立に寄与する「手段としての存在(instrumental entity)」からハイデガーの言う「道具全体(equipmental whole)」へと変化した。

つまり、独立のために主張した「国家の歴史」が(簡単にいえば)「自然なもの」になった。

それぞれのもの一つ一つで存在するのではなく、他のものとの相互依存の関係性つまり道具連関(ネクサス)によってようやく、ある存在になるもの。(インクはインスタンドやペンや紙というものたちのつながりによって道具であるインクになるように)

ここで「作られた〈国家の歴史〉」は国語や民族衣装などとのつながりに組み込まれる中のナショナリズムという道具全体の中のものとなる。

これによって利用可能性(availableness)、透明なものとなった。つまり、「作られた〈国家の歴史〉」についての本を書棚に置くこともできるし、それについて疑問視しなくてもいいようなものとなった。

 

しかし、転機が訪れる。

1956年の「シンハラ・オンリー法」(公用語シンハラ語のみにするという法律)だ。

セイロン国家とその「作られた〈国家の歴史〉」に対する彼らの権利は、疑わしいものとなった。タミル語を話すタミル人たちは自らが国家の枠組みに入らないことになってしまう。

しかし、だからといって「作られた〈国家の歴史〉」の「現事実性(facticity)」がハイデガーのいう「事物的存在性(occurentness)」(存在者が、帰属している環境世界から切り離されて独立しているあり方)に投じられることはなかった。しかし、その可能性は出てきた。

道具の透明感がなくなってくる。「道具の機能が不調になると、その道具は目立ってくる。」(ドレイファス)

より「伝統」を求める→別の文脈に再接合し適応(シンハラとタミルのどちらもが南インドから来ている、と考えることで対処)

 

第二期―学生たち

1960-70年代における大学、学校は様々な層に解放された。

しかし、タミル人にとってはより教育は貴重になった。大学にはタミル人が入りにくい定員割り当て&タミル人を大学、行政職、軍隊から締め出しがあったため、英国に移住する若者が出てきた。

これらの学生にとっては「作られた〈国家の歴史〉」は自分たちのものではなくなった。
「作られた〈国家の歴史〉」はスリランカ=シンハラ人の歴史だと考え、スリランカとは異なるタミルの歴史を支持する。LTTE(タミル・イラーム解放のトラ)の最高指導者プラバカランをタミル人の考える君主の姿だとして考える。

 

国家の「利用不可能性」への対応

ここでダニエルは英国のタミル人たちにおける国家の「利用不可能性」への対応についてまとめている。

第一期の移民:「没入的対処(absorbed coping)」。慣習的な行為が妨げられたことに一瞬驚いたあと、すぐに適応し、そのまま何事もなかったかのように進み続ける。

第二期と第三期:「熟慮的対処(deliberate coping)」と思慮(deliberation)。行われていることに注意を向け、自分の行動の結果を念頭に置いて、慎重に行動する対処法。

←ここでは習慣に関して主体/客体というようなデカルト唯心論的な思考について示しているのではなく、習慣に対して肉体と共に思慮するようなことを示す。

 
第三期―難民

1979年のスリランカ政府による「テロリズム防止法(PTA)」によってタミル人に無差別な力の行使があったため、英国に避難。着の身着のままで逃げてきた第三期の難民はどうしても英国に入りたいと必死。英国に入っても英語は話せないし、英国に適応していない。「これは英国で我々が守ってきた紳士的な態度ではない」というように考える。

このような英国タミル人の混乱に対して第一期と第二期(特に第一期)の移民は、既知の社会秩序をもたらそうとした。それは、タミルのカーストとそれに基づく支援、秩序に関する教え。

つまり、自分の知っているタミル的な国家像にもとづいて英国タミル社会を再構築しようとした。

 

第一期移住者の困惑

しかし、第三期の難民にとっては「国家」についてしがみつくような第一期の態度というのは理解に苦しむものであった。

第一期の移民を中心とするタミル人たちは、タミル的な秩序を第三期の難民にもたらすことができなくなったとき、スリランカ軍やインド軍と戦うことを「選んだ」若い男女=「武力解放組織」を支援するようになる。

というのも「武装解放組織」はタミル的な国家の形成を目指しており、国家の枠組み、秩序を求めたい第一期移民には好意的に映った。

 

第三期―予想外の到着地

子どもたち

この二項では第三期の難民たちが疎外されているのかについて詳細に記述。

アイデンティティの多様化

上の2項から、第三期の難民にとっては、スリランカ国家、タミル国家、移民先のイギリス国家というすべての国家に対して疑念を抱いていた様子が分かった。

これらの事例からみられるように、第三期の難民にとっては国家というものはそれらが必要となり求めるほど、それらの利用不可能性に出会う。国家は自分を疎外しつづけ助けてくれないことから信用ならないものとしてある。ここでいう信用とは「確かなものとして受け入れる」ということを示す。

つまり、彼らにとって「作られた〈国家の歴史〉」は無意味な存在になった。

むしろ彼らは国境を越えた国際人やアムネスティ・インターナショナルのようなものに興味を持っている。

 

国を追われた人びとと行為主体となる契機(アジェンティブ・モーメント)

この項は結論と理論化部分。

どのような意味で、これらの第三期の難民たちが国家を超越し、日常生活や基本的なものの見方に対する国家の支配を脱したといえるのだろうか。

彼らの永続的な苦しみからどのように国家を否定するのか。

このような苦しみが行為主体性をもたらす契機が関わっているとダニエルはいう。

 

ここでパースの記号論について

パースはデカルト的な完結した主体への批判をして、自己意識が記号過程であると考えた。(これは以前の『森は考える』でも出てきた話*1) 

「人間(パーソン)あるいは個人(インディビジュアル)という言葉は、記号(あるいは記号活動)の比較的密度の高い集まりを便宜的に表すものにすぎず、その密度は、それらの記号が習慣性をおびる特性によって左右される。」(p.206) 

 

このような思考としての内的対話は、人が行為主体となるための契機の場となる。これを考えるためには習慣について考えなければならない。

 

記号論における習慣について分かりやすい箇所の引用。

 「もし「自己」が一塊りの記号作用であり、記号作用は、経験から、非自己との遭遇から、継続的に推論をおこなうプロセスであるとすれば、推論も期待を生みだす。そして、期待は習慣の特性である。」(p.207)

「習慣は、意味ある関係を築くことによって、感情と行動の思慮深い媒介者―将来の行動のための暫定的で不完全な規則―となる。習慣は一般に、前もって想像されることによって、複雑化していき、強固なものとなる。」(パース) 

「習慣は、記号作用が比較的安定している時期あるいは状態を表示する。」(pp.207-208)

「習慣の第三次性(Thirdness)によって、急変やショックから、つまり第二次性(Secondness)の「残酷さ」から、一般に守られている」(p.208)

記号論の第一次性…はここでは説明しません。あまり説明する自信ないです。) 

つまり、習慣とは記号過程にしみ込んだようなものであり、その記号過程としての思考とは個人に限らず、同じような経験をした集団にも存在する。

しかし、習慣の断絶あるいは秩序の崩壊の程度があまりにも大きすぎて、習慣が果たすべき役割を、既存の習慣が果たせない場合がある。

本書で示されたような人々の状況はそのようなもの。このような第二次性が破綻する契機こそ、行為主体性をもたらす契機と呼ぶもの。

 

もちろん、難民になる前には「国家」および「作られた〈国家の歴史〉」は私たちと同じような存在としてあったかもしれない。

しかし、事例にみられるような国家からの疎外、それにともなう圧倒的な苦しみというような、それまでの習慣では対処できないようなものによって、国家が不適切な習慣として、多くの人々にとってそれを変更せざるをえないという状況になり、行為主体性をもたらす契機となった。

 

行為主体性の様子

①再吸収(第一期の移民)

②国家とは全く違う新しい習慣(第三期 精神のディアスポラとして生きていくことを選ぼうとしている。しかし、これは時間がたってみないとどう習慣となるかは分からない。)

 

このように国民国家という枠組みにとらえられないような英国タミル人の流れは

「社会的プロセス―新しく生まれる社会的アイデンティティが定着した慣習をかき乱し、「同一性と相違点」からなる従来の社会的ネットワークを不適切なものにするにつれて、固定的なアイデンティティと定着した慣習を新しく構築される特質にとけこませようとするプロセス」(Connolly 1991からの引用) 

といえる。

 

 

自分用のメモを改変したので少し分かりづらい部分もあると思いますので、時々編集できればと思います。

しかし、ハイデガーの道具についての存在論とパースの記号論の適用に関する刺激はお伝えできたですかね。以上。

 

他者の苦しみへの責任――ソーシャル・サファリングを知る

他者の苦しみへの責任――ソーシャル・サファリングを知る

 

 

アーサー・クラインマン編『他者の苦しみへの責任 ソーシャル・サファリングを知る』

 

他者の苦しみへの責任――ソーシャル・サファリングを知る

他者の苦しみへの責任――ソーシャル・サファリングを知る

 

医療人類学者を中心に6つの論文集を収録したもの。(原書は15の論文が収録されていたが、翻訳の段階で6つに絞ったらしい。)

以前から存在は知っていたが、たまたま古本屋で見つけたので買ってみたが、非常に興味深い論文ばかりで、自分としては今まで読んだ論集の中で一番かも。

 

翻訳本のタイトルとはかなり様子が違うが、原著のタイトルはSocial Sufferingなので、この概念について様々な視点から様々な事例をもとに捉えようとしている。

 

目次

序論 アーサー・クラインマン、ヴィーナ・ダス、マーガレット・ロック

  • 遠くの苦しみへの接近とメディア
     「苦しむ人々・衝撃的な映像―現代における苦しみの文化的流用」
      アーサー・クラインマン、ジョーン・クラインマン
  • 声なき者の表現を掘り起こす/インド・パキスタン
     「言語と身体―痛みの表現におけるそれぞれの働き」
      ヴィーナ・ダス
  • トリアージの必要を問う「極度の」苦しみ/ハイチ
     「人々の「苦しみ」と構造的暴力―底辺から見えるもの」
      ポール・ファーマー
  • 医療テクノロジーと人権/日本
     「「苦しみ」の転換―北米と日本における死の再構築」
      マーガレット・ロック
  • 移民の苦しみのありか/スリランカ・英国
     「悩める国家、疎外される人々」
      E・ヴァレンタイン・ダニエル
  • 抑圧装置の解体
     「拷問―非人間的・屈辱的な残虐行為」
      タラル・アサド

 

序論ではソーシャル・サファリングという概念について説明する。

様々な不幸、苦しみに対して従来の二分法―社会と個人、健康問題と社会問題、経験と表象、苦しみと介入など―を排除して考えなければならない。

苦しみが社会的であるとともに、個人的であるであるということを忘れ、そのどちらかの側面だけを捉えた場合、他者の苦しみについて知ることはできない。

ソーシャル・サファリングを知るために、このような二分法を超えたところに各論文は位置しているという。

 

住むことは生きること。貪欲たれ。 坂口恭平『TOKYO0円ハウス0円生活』

 

TOKYO 0円ハウス 0円生活 (河出文庫)

TOKYO 0円ハウス 0円生活 (河出文庫)

 

 建築畑出身の著者が東京・隅田川沿いのブルーシートハウスの「鈴木さん」の家に入り浸り(れっきとしたフィールドワーク!)ながら独自の視点でその生活を書き綴ったもの。

 

川沿いや橋の下、公園の端に立ててあるブルーシートハウスは普段目にすることも多い。しかし、無意識に見ないようにしていたり、ちらっと見たとしても中の様子など分からない。

しかし、この中には人が生きるという世界が詰まっている。

そしてこの「建築」自体も生きることそのものである。

それは外枠ばかりの建物に住んでいる者たちが忘れていることである。

「自分が快適に生きる。」この目的のために家はあるはずなのに、どうして家に閉じ込められるようにして不快な思いをしなければならないのか?

しかも、快適さを追求しようとするほどに莫大な金額がかかり、他の人間が作った大したことないものを手に入れる。

一方、「鈴木さん」の家は総工費0円。そして維持費も0円。東京の天然物たる「ゴミ」(しかしほとんどは十分に使えるものばかり)を材料に、自分の生活に合うように自分で工夫して作り、改良し続ける。

こんな究極であり、かつ当たり前であるはずの住まいが東京にあるとは誰が思っただろうか?

そう、「鈴木さん」が隣人に教えるようにして書かれた本書を手に、君もこの暮らしを手に入れることができるのだ。温かみのありながらも端正な図説も載っている。

だから、これは「危険な書」である。

 

住むことは生きること。貪欲たれ。

 

坂口恭平さんは進化し続けているが、「建築」という眼を通して見られた本書は源泉なのかもしれない。

他の本も読む。

 

TOKYO 0円ハウス 0円生活 (河出文庫)

TOKYO 0円ハウス 0円生活 (河出文庫)

 

 

 

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)

 

 

 

現実脱出論 (講談社現代新書)

現実脱出論 (講談社現代新書)

 

 

どのように他者に共感できるのか? 映画「トトとふたりの姉」

www.totosisters.com


映画『トトとふたりの姉』劇場予告編

 

先日、「トトとふたりの姉」という映画を観てきた。この映画を通してどのように他者に共感できるのかについて考えてみたい。

あらすじ

ルーマニアの貧しいロマ(ジプシー)・コミュニティの中で、トトと2人の姉は3人で暮らしていた。というのも、母親はドラックの売人をしていて刑務所で服役しており、父親は顔すら知らないからだ。おじが時々、食事を持ってきてくれるが同時にドラッグ仲間を連れてきて溜まり場になってしまう。

3人は喧嘩をしながらも一緒に暮らし、何度も生活を立て直そうと掃除をしてもすぐにドラッグ常習者の溜まり場に後戻りし、一番上の姉であるアナもドラッグに手を染めることになる。

そんなある日の早朝、警察の強制立ち入りが行われアナを含んで部屋にいた人は逮捕される。トトと2番目の姉であるアンドレアは周囲の人の勧めもあり、孤児院に入って自分の暮らしをやり直そうとする。

トトは児童クラブのダンススクールを励みに取り組み、アンドレアは監督からカメラを渡されて独白をしながら気持ちの整理をしていく。

アナも出所後、二人に合流して孤児院で生活しようと試みるが、ドラッグの生活に戻ってしまう。母親は7年の刑期を終えて家に戻るが、トトとアンドレアは母親と暮らす気はもうなかった…。

 

他者化と共感 ―このような映画を見る意味とは?

映像の中では、極度の貧困や使い回された注射器で首の血管にドラッグを注射する様子が映し出されるなど、ルーマニアにこんな現実があるのには驚きだった。(日本にもこのような場所はあるかもしれないが)

しかし、このような中でもトトとアンドレアは懸命に生きている。「生きることは戦いよ」と児童クラブの先生が言ったように。

 

全く行ったことも見たこともないような離れた地に、自分とは全く違うような生活をしているトトたちにどのように共感できるのだろうか。

この映画を「可愛そうな異国の少年の話」として考えてしまっていては「ルーマニアは酷い。でも、この少年は無邪気ながらに頑張っている。」というように見てしまう。

しかし、それではダメだ。そのような他者化は「ルーマニアのあの地域に生まれなかった自分は恵まれている」という風にもなりかねない。自分に差し迫った形での共感はここにはない。

では、どうするのか?

ある部分(置かれた状況)では自分とトトが同じであると構造的に考えることであろう。これは結構難しい。特に、社会的な背景などの説明がない映像作品ならば。

しかし、逆に映像作品による別の共感の仕方もある。

それは、映像として映し出すことによって、その映りこんだ何気ない部分に圧倒的な存在を感じ、自分も同じ人間なのだというような共感をすることがある。

これは以前書いたロラン・バルトの写真論とも共通すると思う。*1

その部分が(私にとっては)トトの下向きの眉毛であったり、アンドレアの肌の質感であったりする。

このような方法の共感の在り方もある。そこに映像としての意味があるのかもしれない。だからドキュメンタリーは映画館で見るといいと思った。

 

観た皆さんはどうでしたか?どこから共感しましたか?

 

 

世界の断片 ―空手家の写真集 岸政彦『断片的なものの社会学』

 

断片的なものの社会学

断片的なものの社会学

 

 

世界は断片だ。

しかし、こういうと「日常の些細なことにこそ目を向けろ」というようなよくあることのように聞こえるかもしれない。

いや、違う。

世界は断片的であって、ただそれだけ。本当に、ただそれだけ。

 

わたしたちはどうしても全てのものが、一貫した体系のようなものに収束していくような仕方で世界を認識する。

特に社会学や人類学などの「学問」をやっている人はこのような思考の仕方をする癖がある。もちろんそれは社会について形のあるものとして論文や何かに書かなければいけないからでもある。

しかし、その時に取りこぼすような様々なものを「社会になかったもの」にしてしまっているのではないか。

だから、ある意味この本は「社会学」ではないし、逆に社会学でもある。

体系的な形をとっていないけれども、社会について目を向けているからである。

 

小説や音楽や映画など、これについて示唆することはあるけれど、このような社会学の名を冠した形で表されたものを私は知らない。

だからこのような「まとまった」形のものと出会えてよかった。

いや、「まとまって」いてはダメなのか。この本も一つの断片として世界に存在しているのかもしれない。

 

この本を読んでいて思い出した子供のころの断片を一つ。

 

父はあまり本を読まない人であるため、昔住んでいたアパートには父の本らしきものはほとんどなかったように思う。

ただ、一冊だけ父のものらしいのがあったのを覚えている。

それは、緑色のチラシを自作のブックカバーにして、その上にタイトルが油性マーカーで几帳面に書かれた、ある空手家の写真集であった。

角が折れた牛を縄で制しながらカメラに向かって顔を向ける髪の薄くなった空手家を、怖いとも格好いいとも思わず何度も見た。少しだけ牛がかわいそうだった。

知っている人は知っているだろう。アニメ化もされた大山倍達である。

大山倍達外伝―「証言」で綴るゴッドハンド70余年の軌跡

父は以前に空手をやっていたことは自慢していたが、詳しい話は聞いていなかった。

幼い日の僕は父が空手をやりながらこの人に憧れている姿を想像しながらこの本を読んでいた。

それから時間が経ち、そんなことも忘れていたが、この間沢木耕太郎の『深夜特急』を読んでいたら、著者がスペインかどこかで空手少年たちと会い、牛を倒す空手家について知っているかと聞かれた話が載っていて、急に思い出してスマホで調べた。

そして何となく、流行りモノが好きな父は一時期の流行りでこの本を買っただけかもしれないかもしれないなと思った。そして一時期は憧れながらも飽きて子供の手の届くところに放置していたのかもしれない。

しかし、父はこの空手家が日本領時代の韓国出身であるという複雑な経歴を知っていたのであろうか。

 

断片的なものの社会学

断片的なものの社会学

 

 

 

記憶の在り処 「Eternal Sunshine」

この前、ある人のツイートで映画「Eternal Sunshine」についてのコメントをしていたので早速借りてきて観た。

ツイートの内容はモノにも記憶があるというような内容であり、僕自身もこのようなことをなんとなく考えることはあっても明確に考えを深めることはなかった。

まさに、この映画はモノに関する記憶について表現した秀作。 

 ざっくりとあらすじを書くと、主人公の恋人が彼との記憶をある会社に頼んで消す。悲しみに暮れる主人公もまた彼女との記憶を消すことになる。

 

記憶を消す方法が画期的である。記憶を消したいその人との思い出のモノたちを全て会社に運び、それにまつわる記憶を一つ一つ思い出すことによって脳の活性度から記憶の場所を特定、マッピングする。その場所を刺激することによって、その人との記憶をすべて一掃するというもの。

 

主人公は記憶の消去中に、やはり彼女のことを忘れたくないと足掻き、別の記憶の中に彼女との思い出を埋め込もうとするが、どれも順を追って消される。

結局、二人が初めて出会った地名だけが頭に残っていて、彼女との記憶が何も残っていない主人公は衝動的にそこへ向かい、彼女と「初対面」として再会することになる。

 

映像はシュールかつ美的、音楽はBeckの幻想的なサウンドトラックで本当によくできた映画なのだが、ここで着目するのはモノと記憶ということである。

 

つまり、記憶とはどこに在るのかという問題である。

 

頭の中だけで何かを思い出すということもあるが、何かに囲まれていることによって記憶が成り立っていることのほうが多いのではないだろうか。

例えば、昔誰かと一緒に行った場所の、そこにあるモノ、その場の匂いetc…によって、パズルのピースが嵌ったように記憶が立ち現れること経験はないだろうか。

 

この場合、記憶は自分の中にだけあるとはいえなくて、取り囲むモノたちにもあるのでといえる。

逆に言えば、モノが無くなれば記憶もなくなるかもしれない。

だから映画では、その人と関わった全てのモノを持ってくるのである。

しかし、どうしてもモノの取りこぼしはあって、それの一つは絵であったり、車の傷であったりする。そして、それらのモノが引っかかりとして主人公たちはかつての関係のあったことを知るのである。

 

記憶の在り処はモノであるのかもしれない。

 

記憶とモノについて調べていたら、歴史についての社会学者でM.アルヴァックスという人が集合的記憶について提唱しているようだ。

記憶が共有される場としての歴史の展示などを挙げている。これは今度読む。

 

集合的記憶

集合的記憶

 

 

そして記憶は自己の継続性、同一性を確保する。

 

記憶があることによって自らが数年前と同じ人間であることが当たり前のことになるのである。

ここでは、もちろん記憶の在り処としてのモノがある。

 

実家に帰ったとき、自分の部屋の電気をつけると数年前の自分になる。傷のついた机、壁に貼ったポスター、枕カバーの生地…。かつての自分とは体の大きさも考え方も大きく異なっているのにあの時の自分が現れる。

このようにしてようやく、昔の自分と今の自分がつながっていることを知るのだ。

 

時々、それが鬱陶しくなって、全てのモノを捨ててしまおうかと思ったりもする。

自己同一性を否定したくなるのである。なぜ、あの頃の自分と今の自分が同じ人間でないといけないのか。モノが自分を「縛る」から、モノはなくてもいいのかもしれない。

 

逆に、本当に毎日毎日違うモノに取り囲まれていたら自己はどうなってしまうのであろうかと考えてみる。

 

狩猟採集民のように移動しつづける人びとはモノをあまり持たないことが多い。

東アフリカのハッザ族は「世界一物をもたない民族」などといわれるらしいが(これはあまりあてにならないがとにかく)、彼/女らの自己とはどのようなものなのか気になる。

ハッザ族に限らず世の中にはミニマリスト*1という人がいるらしいが、彼/女らの自己とはどのようなものなのか。

 

モノと記憶、そして自己。これについては今後も考えてみたい。

 

 

 

集合的記憶

集合的記憶

 

 

*1:ミニマリストについての記事:

rocketnews24.com

フィールドとの付き合い 『人はみなフィールドワーカーである』

  

 

古本屋で目について買った本。

東京外国語大学のアジア・アフリカ研究所(AA研)の創立50周年記念で発行されたもので個性豊かな著者が短い文章を寄せている。

 

内容は学術的なものではなく、研究者(歴史学・人類学・言語学→人文学)とフィールドとの「出会い」が著者の主観に基づいて書かれたものがメインなので、肩肘張らずに読める。

 

 

多くの民族誌では著者自身とフィールドがどのようにして出会ったのか、フィールドに対してどのような思いを寄せているのかということをほとんど書かれていない。

そこでは調査地の概要から入ることが多く、「どこでもドア」を開けたようにフィールドに目がくらむ。こんな経験ないだろうか。

 

それに私自身も含めてフィールドがまだ決まっていないときに、みんなどんな風に決めて、どんな風に今フィールドと付き合っているのかは気になるところである。本書はそんな人にもいいかもしれない。

 

この本の中で異彩を放っているのは真島一郎の「いのちのフィールドワーク」だ。

フィールドとしていたコートディボワールが内戦に突入し、現地に行くこともできない著者の文章からは果てしない自問自答、人類学者としての懐疑が溢れ出る。

 

フィールドには人間がいて、研究者としての自らも人間である。

こんな「いのちのフィールドワーク」にどう向き合っていけば良いのだろうか。