Anthropology and feeling’s diary

人類学に関する本、日常で思ったことなど。まだまだ勉強中なのでご教示ください。

飛行機で観た「ブラック・パンサー」と「グリーン・ブック」

7月19日、中部国際空港から飛行機に乗って、成田で乗り換えし、ヘルシンキへ向かう。

9月から始まるブダペストでの修士のプログラムに参加するには早すぎるが、ハンガリーにいるパートナーと夏を過ごそうと約束していた。

中部‐成田、成田‐ヘルシンキ便は運よく、海外出張でたまった父親のマイレージでチケットが取れたため、燃油サーチャージのみでJALに乗れた。

朝10時ごろに成田を出発し、9時間半ほど乗って現地時間14時30分ごろにヘルシンキに到着する。

飛行機が離陸してしばらくは機内アナウンスで映画を見ると中断されることが多いために、このあとのフライトのうちに見るべき映画を物色したあと、持ち込んだ本を読んでいた。

30分ほどしてシートベルト着用サインが消え、ドリンクが配られ始める。

そろそろ本を読むのも疲れたし映画を見るか、と目星を付けていた「ブラック・パンサー」「グリーン・ブック」「ボヘミアン・ラプソディー」を順番に見ていく。

 

 

* * *

 

以前、研究室の先生・先輩・同期などで食事をする機会があり、話題は「人類学的に面白い映画」の話題になった。

授業でも沢山の映画を見る機会があるし、それ以外でも映画を見て考えることは多い。

映画好きの先生は確か「学部生に見せるなら『ブラック・パンサー』とかじゃない?」と言っていたので、前から見たいと思っていたのだが、Amazon Primeに追加されていなかったとかで観ていないかった。

 

 

早速『ブラック・パンサー』を観始める。結論から言うと、めちゃくちゃ面白かった。

Marvelというアメリカン・アクションの大家によって「黒人」のヒーローが描かれることは初めてだし、その「黒人性」あるいは「アフリカ」というイメージがとてもユニークに、そしてとてもカッコいいものとして表現されている。

アフリカンなアクセントの英語が劇中で使われていたこと、アフリカの諸民族をモチーフとした衣装、装飾などとてもクールだ。

なによりも、アフリカという、今でも西洋よりも「進んでいない」ものとして捉えられている世界が、逆転して大きな能力と技術を持っているということ。

全てが新鮮だった。

一方で、例えば「黒人」のヒーローを描くときに、エキゾチックさを完全に排除することは可能なのかという疑問も湧いた。

制作のプロセスにおいてどのように企画・議論を経て、どんな専門家を採用したのかとても興味がわいた。

そう考えると、人類学者とかって、こういう時に引っ張りだこなんじゃないかな。あくまで想像だが。

 

* * *

 

少し休憩をはさんでから「グリーン・ブック」を観た。

 

 1960年代アメリカ、黒人の天才ピアニストが差別が強く残る南部へツアーをするためにイタリア系移民の用心棒兼運転手を雇う話。実話をもとにしているらしい。

アメリカという移民の国、イタリア系もアフリカ系も恵まれない。

ピアニストは白人上流階級を相手にピアノを弾くことで他の黒人たちや移民よりかなり裕福に、しかし孤独に暮らしている。

終盤にイタリア系運転手が黒人ピアニストに向けて「俺はあんたよりも黒人だ!」と言ったのか印象的だった。

黒人とはまさしく、その社会における性格すなわち立場、偏見によって決まっている。運転手とピアニストでは「通常」の「白人vs黒人」の関係性が反転しているのだ。

しかし、一方でピアニストがそれに返答したことも一つの真実かもしれない。

「俺は黒人にもなれないし、白人にもなれない。」

社会的性格によって完全に決まるのであればピアニストは「白人」である。しかし、そうはどうしてもなれない。

 

「黒人性」を反転させたこの二つの映画を自分が「アジア人」としてヨーロッパに向かい飛行機の中で観たことは、その社会で生きていくことの複雑性を示唆しているように思えてならなかった。

 

 

 

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