亡霊と同一化 アンナ・カヴァン『氷』
たまには、人類学とか関係なく本当にただ雑記をしてみる。
この本は昔、自分の好きなアーティストがツイートしてていつか読みたいなと思っていたのだが、手に入れてからの積読をも経てようやく読み終えた。
内容自体は「氷」が迫ってくる戦争と暴力に満ちた世界で、主人公の男が銀色の髪の少女をひたすら探すというもの。
少女は以前、男と一緒に仲睦まじく暮らしていたことがあったのだが、突然別の男のもとへ行ってしまう。
その後、少女を追いかけて少女にとって絶対的な支配者である「長官」に近づいたり、離れたりを繰り返す。
やっと少女のもとにたどり着いて一緒に逃げようといっても、今度は少女が男を拒絶したり…。
本書の記述も幻影なのか事実なのか分からないような少女の姿があったり…。(あれ、少女死んだ?生きてる?っていうときが2,3回ある)
とにかく少女の存在自体も世界で起こっていることも、何が事実で、何が嘘なのかが本当に分からない。
少女の持つ美しいアルビノの肌と銀色の髪は幻影でもあり「氷」でもあるような気がする。彼女に主体的な実体はない。まるで亡霊。
いや、この退廃してどの人間も信用できない世界なんて全て亡霊なんじゃないか。
そして彼女を長官のもとから救おうとする男にむかって、少女はこんなことをいう。
「あなたたち、手を結んでいるのね」(p.155)
あの冷酷で支配欲の塊のような長官のもとから男は少女を守ろうとしているにもかかわらず、である。
そして、男自身もそれを聞いて、こんなことを考える。
私は否定したが、不思議なことに、少女の言葉にはどこか真実があるように思えた。(p.155)
時は進み、必死の覚悟で少女のもとにたどり着いた男は、少女の怯え切った様子を見てこんなことを再び考える。
二人は結託している。あるいは二人は同一人物なのかもしれない。(p.240)
男は自らと長官との区別が分からなくなる。
亡霊の世界では自らの明確な境界など存在しないのだ。
この、世界が外側と内側からガラガラ音を立てて崩れる様子は読む者を不安にさせる。
最後の数ページでようやく少女は主体性を匂わせ、男に温かさを与えるが、世界はもうすぐ「氷」に覆い尽くされてしまうのだ。