Anthropology and feeling’s diary

人類学に関する本、日常で思ったことなど。

生命は続く。 Life goes on. 映画「21g」

BABELに感銘を受けたのでアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の別の作品「21g」を観た。

赤の他人同士が運命によってつながっていく様子が描かれる点は同じだが、今回のテーマは「生命は続く(Life goes on.)」というところか。

これもまた人間の悲しき性だろう。

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心臓に持病を持つ男は交通事故によって脳死になったドナーから心臓移植を受けて助かり、その心臓のルーツを探していくうちにある事故を知る。

刑務所を出たり入ったりを繰り返していた男が、幸福な家庭の夫と女の子2人を車でひき逃げし証拠不十分のまま出所したという事件だ。

残された妻はなぜ自分だけが生き残ったのかと自暴自棄になる。

しかし、元悪ガキも刑務所から足を洗い、神への厚い信仰を支えにささやかな暮らしをしており、事故は彼の生活も壊してしまったのだ。

この三人―心臓を患う男、事故で残された妻、元悪ガキ―が重なりながら物語が展開していく。

 

よく人は、生命が続くことが希望だという。

自分の生命を維持すること。あるいは自分の子孫を持つこと。

これが人間ひいては生命体の義務であり、希望であると。

 

しかし、僕は昔から、それが何だか恐ろしかった。

何がそんなに恐ろしいのかはよく分からなかった。

 

高校生のとき、科学系の教育番組を見ていてその理由が何となくわかった。

ジャガイモに寄生する虫は卵を自らの体に宿し、自らは卵の鞘となって死に固まるのである。そして時期が来ると子どもは親=鞘を突き破って外に出る。これがこの虫では無限に繰り返されてきたし、絶滅しない限りこれからも無限に続いていく…。

これを番組では生命の維持というようにして当たり前のように希望として描いていた。

 

あるいは、いつか教科書で読んだカゲロウの話。(調べたら吉野弘という人のI was bornという詩だった)

カゲロウの口は退化しており、物を食べることはできない。

胃を開けても空気しか入っていない。しかし、卵だけはぎっしり詰まっているのだ。

こんな個体は生まれると光に向かって飛び、生殖し、死ぬ。

これが無限に繰り返される。

 

上の2つの話を知って僕は何だか悲しかった。というより怖かった。

生命が続くことは何も希望ではない。

ただただ生命が続いて(しまって)いる。それだけだ。

これならばいっそ絶滅させて生命の連鎖を断ち切ってしまったらどうか。

生命の存続について、こんな風に思ったのである。

 

そして、この映画も同じだ。

脳死した身体から取り出された心臓は別の個体に入ることで生き続ける。

死にそうな体も、新しい心臓を取り込むことで生きられる。

最愛の家族を失っても自分だけ生き残る。

罪の意識に首を吊って死のうと思っても結んでいたパイプが外れ生きながらえる。

関係が破綻し別れた恋人の体には新しい生命が生まれている。

 

生命は続く。Life goes on.

 

この悲しき生命の性はどこへ向かうのか。

そして、あるとき、人間の個体が死ぬとき、誰もが失う21gという重さは何の意味があるのか。

 

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