Anthropology and feeling’s diary

人類学に関する本、日常で思ったことなど。

図書館移動アルバイトのエスノグラフィー(?) [2]

乗せられたバンの中で、なぜ若い二人だけが選ばれたのかを社員らしき人が笑いながら伝えた。

「いやさあ、本を並べるんだけど、数字とアルファベット順に並べないといけないから、若い人のほうがいいかなと思ってさ。他のおじさんたちは、酒飲むことしか考えてないみたいだったから(笑)」

 

持ち場に到着すると、乗ってきたバンからプラスチック製のシートを取り出して床と壁、エレベーターを養生テープで保護していく。

 

真新しい大学内の建物。自分が通っていた大学と同じような設備を持つが、なぜかその時はとてもよそよそしく感じた。

 

ちょうど養生が終わったころに、最初の場所からトラックで段ボール箱が運ばれてきた。

6つくらいずつに台車に乗せられて、ラップのようなもので巻かれている。「持ち物」として派遣会社から送られてきたメールに記載されていたカッターナイフを取り出して、そのラップを切る。

段ボールに貼られた、位置を示すシールにしたがって指定の本棚の目の前、ではなく隣の本棚の前に置いてく。目の前に段ボール箱を置いてしまうと、取り出した本を本棚にしまうときに、箱がつかえてしまうからだ。

 

段ボール箱に貼られたシールを本棚の隅に貼ってから(そうすると間違えたときに、やり直しがきく)、中の本を取り出して本棚にしまっていく。

 

僕は本を並べるのが好きだ。自分の家の本棚もたまに自分の好きな順番に並べ直したりする。作者順、出版社順、すでに読んだもの、まだ読んでないもの…。

だから、この仕事は悪くないなと思った。

 

その図書室は情報系の分野が所有するものだったことから、コンピュータサイエンスや、データサイエンスの系統の本が多かった。

自分の専攻の分野とは違うけれど、結構面白そうなだな、そう思いながら、本を並べていく。自分が図書館にいるときには、興味をもった本はパラパラとめくりながら本棚を探っているのだが、今回は仕事。「お客さんの物」として、丁寧にそして迅速に並べるだけの「物」として扱う。

しばらく並べることを続けていくと、分野がずれてきた。ボブ・ディラン作品集や社会科学のものが増えてきたのだ。これらが情報系の分野とどんな関係があるのだろうと考えを巡らせながら、そして、教員の趣味が表れていて面白いと思いながら並べ続けた。

すると、以前授業で読むために買った『フィールドワークへの挑戦』(菅原和孝編)があった。それはまるで、昔の友人といつも会うのとは全く別の場所で会ったときのような気持だった。そして、こっちも向こうもそれぞれの恋人や友人といるために、挨拶もままならぬままにさよならを言わないといけない、そんな気持ちだった。

 

本を並べていく。箱を開けるたびに色んな本が入っているのが楽しい。

場所を移動していくと箱が重くなった。雑誌や紀要のコーナーに入ったのだ。

専門誌、大学の名前が入った紀要は、そのほとんどが、再び製本されている。デザインが秀逸な雑誌もあったが、年号ごとに製本されてしまえば、とたんに詰まらない、発行年と号数だけが表された濃青や濃緑の表紙になってしまう。

一つの論文がいくつか集まって論文集、あるいは雑誌になる。雑誌は再び製本される。

それぞれの異なる著者、様々なテーマは集積され、まとめられる。その中にしまわれた論文は手に取られることはどのくらいあるのだろうか。

いや、一体この図書館の中の本のうちの、読まれる割合はどのくらいなのだろう。

 

例えば、一つの論文、一冊の学術書がなかったところでどれだけ研究は、そして世界はどれだけ変わるというのだろう。よほどエポックメイキングなものではない限り、変わらないのかもしれない。

 

しかし、知識とはまさに集積したものをいうのであって、一つ一つの論文や学術書のことをいうのではない。知識とは製本された雑誌、そしてこの図書室全体、もっと言えば世界中にある図書館、データベースのことをいうのだ。

 

そんなことを考えながら、重くて、埃をかぶった本を並べていた。

隣で同じ作業をしている運送会社の社員は何を考えながら本を並べているのだろうか。

 

そうこうしているうちに、休憩時間になった。

 

大学の小さな生協に昼食を買いに行く。運送会社の制服を着ているために、学生だらけの周囲とはなじまない。並べてある弁当の中で最もカロリーの高そうなものを選ぶ。チキン南蛮弁当。冷えてボロボロになったご飯にはゴマが散りばめられていて、衣ばかりついた薄い鶏肉のから揚げ、その下にはケチャップ味のふやけたスパゲティ。もうしわけ程度に二枚だけ添えられたピンク色の漬物とゆるいポテトサラダ。

最近はトレーニングをしているのもあって、糖質を制限していたが、このときの弁当は糖質ばかりだ。

糖質万歳。労働者にはエネルギーが必要なのだ。

 

社員に「昼食はそこで食べるように」と指定された場所で日陰を見つけて弁当を開ける。別の持ち場で仕事をしていた他の派遣の人たちも合流した。

「○○(大手運送会社)の制服着てると、目立つところにいるとダメらしいんだ。めんどくせえよな。」この派遣で何度も働いているという日雇い風の男性(ここでは「鈴木さん」(仮)と呼ぶ)が教えてくれた。

 

初夏、晴れたキャンパスの片隅。学生や留学生もあまり来ないような建物の間の広場で我々は各々、買うなり家から持ってくるなりした昼食を広げ、食べ始めた。

 

共通の話題である時給から会話が始まった。鈴木さんは「時給が1150円で6時間、交通費は出ないから大した額じゃねえよな。」

 

もう一人のおじさんである安藤さん(仮名、郵便局員の面接を受けている)は相槌を打つ。

 

安藤さんは「外国人が増えてきて、もうすぐ我々の仕事も奪われてしまうらしいよ。中国とか韓国とかベトナムとか。」

 

僕は彼の「我々」という言葉に違和感を覚えた。自分も彼のいう「我々」に入っているのか。僕はただ一回きりの派遣をしているだけなのに。(実際、その派遣会社で働いたのはその日一度きりだった。)

「我々の仕事」とは誰のどのような仕事なのだろうか。安藤さんにとっては派遣の日雇いを続ける人びとの仕事なのだろうか。

大学を卒業して、これから海外の大学院に進学し、ヨーロッパで働くつもりである自分にとっては安藤さんのいう「我々」には入らないし、「仕事」といったときに想定するものに大きな隔たりがあると思った。

 

そんなことを考えていると、安藤さんの発言に対して鈴木さんは返答した。

「今じゃあ、中国も韓国も日本には来ないっすよ。韓国のほうが時給高いから。」

確かに自分もニュースで韓国の時給が引き上げられたことを見た。

 

安藤さんは「韓国は最低賃金引き上げで、経済が成り立たなくなった。だから韓国は馬鹿なんだ。」と言った。

 

場の雰囲気が少し強張る。安藤さんも、中年男性に多くいる、会話の間に軽いヘイトを忍ばせてくるタイプの人だったか、と僕は少しがっかりした。

こういう時に、自分はいつも考える。一体どのような反応をすればよいのか。相槌を打ってしまうとその発言を認めてしまうし、ヘイトが助長されてしまう可能性がある。かといって、「それは違う」とわざわざ口にして場を荒立てるのも面倒くさい。

 

結局ニヒルな笑いのようなものを浮かべていた。

他の人がこのヘイトに参加しなければいいなと思っていた。

 

すると鈴木さんが即座に応答した。

俺の嫁は韓国人だからよお。」

 

場の雰囲気が張り詰める。喧嘩になるのではないか、と。

 

安藤さんは即座に「ごめん、ごめん、韓国『政府』が悪いんだ」と言い直す。

 

そのあと会話は別の話題になり、多くの人は昼食を食べ終わった。

 

まだ午後の仕事までしばらく時間があったので、その場を離れたいこともあり、煙草を吸う場所を知らないかと他の人に聞いてみる。

「俺も吸いたいわ」と鈴木さんも立ちあがる。

もう一人の同僚、派遣会社のまとめ役だった男性(髪型と体型が北朝鮮金正恩に似ていることから「キム」と周りの人から呼ばれていた)も昼食のゴミを捨てるために同行した。

 

最近の大学キャンパスでは喫煙所がどんどん廃止されていて、大学によっては全面禁煙になっていたりして、煙草を吸う場所を見つけることは非常に難しくなっている。

 

自分を含めた三人(自分、鈴木さん、「キム」さん)はボロボロの運送会社の制服を着て、おしゃれをした初々しい大学生の間を歩く。僕は自分も少し前までは大学生の側だったのにな、と思っている。大学生にとって我々はただの作業員だっただろう。大学生たちは自らが作業員になるとは思っていないだろう。僕も自分の大学で作業員の方々を見た時にはそう思っていた。若い人がその中にいたとしても、もっと若い時から作業員として働いている人だと勝手に思っていた。

 

そんなことはない。アルバイトでも何でも、作業員として働く機会はいくらでもある。そう考えると何だか可笑しくて、自分が変装しているような気分になった。

 

ところで喫煙所はいくら探しても見つからない。鈴木さんは、一人で歩いていって、授業終わりだろう、キャンパス内を3人で歩いている大学生たちに話しかけた。大学生たちは少し驚いた表情を見せながらも、「分からない、でもすぐそこが敷地の端っこだから、そこを出たら多分吸ってもいい」と教えてくれた。

 

「キム」さんは「俺は吸わないから戻りますわ」と言って、昼食の場所に戻っていった。

鈴木さんと僕の二人は先ほど教えてくれた場所に行って、煙草を取り出して、火をつける。

 

鈴木さんは話し始める。「さっき嫁が韓国人っていったけど、たかが結婚するのでもすっげえ面倒くせえぞ。まず書類を役所に出してから審査するんだ。そしたら日本側が俺の収入やら住所やらをチェックして、韓国側に送るんだ。そしたら嫁の審査を韓国側がして・・・。審査待ちの時は許可が下りないからよ、嫁は一回韓国に帰ったんだ。そんでずっと待って、ようやく結婚できたんだ。ほら、結婚詐欺とかも多いからあいつら疑ってるんだよ。韓国なんかさ、広島のほう行けば見えるくらい近いんだぞ。それなのに国が違うっていうだけですっげえ面倒くせえぞ。」

 

生活を共にしたい二人の国籍が違うだけで色々な面倒が起きる。鈴木さんの妻も日本語を流暢にしゃべるだろうし、見た目では日本人と区別つかないかもしれない。お互い色々な経験をして恋をし、生活を共にするために結婚をする。いつだって人を分断するのは国家だ。

 

人間は異なる国に生まれるのではない。生まれた人間を国がわけ隔てるのだ。

 

僕もヨーロッパ人の彼女がいるから自分の将来について考えた。きっと手続きは面倒だろう。だからといってそれが二人の関係にとってそこまで重要なわけではない。

 

鈴木さんに、自分も外国人の彼女がいて、これからその国にある大学院に行くことを話すと、ビザなどの手続きに関心があるらしく色々と聞いてきたので僕もわかる範囲で答えた。

 

僕の場合は学生での在留許可をしてから、仕事を見つけたら、労働ビザに切り替えるということになる。

「結婚しちゃえば多分むこうの国籍取れるだろうし、多少手続きは簡単になるとは思いますけどね」と僕は冗談交じりで話す。

 

鈴木さんとの会話は文化の違いに移行した。

「君もその彼女とどのくらい?1年くらいか。なら分かると思うけど、普段は普通にしてるのに、急にあれ?っていう時ない?突然怒り出したりさ。なんでキレてんの?って」と鈴木さん。

「そういう時もありますよね。」と僕。

 

鈴木さん「文化の違いっていうことだとさ、俺が仕事に行くときに嫁は弁当持たせてくれるんだけど、家に帰ったら『みんなどう言ってた?』って聞くわけよ俺に。どうっていっても、俺は一人で食べてるから、そんなん分かんねえよな。どうやら向こうでは職場の人間で持ち寄って、シェアして食べるらしいんだよな。おもしれえよな。」

 

「あとさ、俺、昔、インド人の女と付き合ってたことあるんだけどさ、インド人のカレーっていうのは味噌汁だな。味噌汁。しゃびしゃびしててさ。」

 

自分もインドに行ってカレーを食べたことがあるが、確かに日本のカレーよりも汁っぽくて、色々な具材を入れてスパイスで仕上げたスープのようなものが多い。

しかし、自分にはインドのカレーを味噌汁だと言い切るほどの器量はない。

 

鈴木さんは自らの身をもって体験した「国際交流」を自らの考え方と、自らの言語によって捉えているのだ。

それは、大学の国際交流系の授業や文化基金で企画されるようなイベントとは全く異なるものだ。

 

そうこうしているうちに午後の仕事の時間になった。午前からの作業の続き。本の入った段ボールを開け、並べていく。すべて並べ終われば、チェックと整頓をして、養生をはがす。

そこにはもう、以前からあったような図書室が完成されていた。一体この図書室を使う人のどれくらいが、僕らがやったような仕事によって図書室が成り立つことになったのか考えるのだろうか。

帰り際に、隣の部屋にいた優しそうな司書さんらしき人がお礼を言ってくれた。

こちらも頭を下げ、午後の強くなった日差しのもとに出る。

 

埃で真っ黒になった手とからからに乾いた喉。

 

大学の敷地内に自動販売機が置かれていたので、見に行く。

過冷却が謳い文句の三ツ矢サイダーが売られていたので試しに買ってみる。

結露したペットボトルの中のサイダーは衝撃を受けて、柔らかな氷の結晶を形づくる。

僕はその結晶を綺麗だと思いながら、2口で飲み干す。水分と糖分―それはまさしく僕の身体が求めていたもの―を炭酸の力で喉に運ぶ。沁みわたる爽快感。夏の始まりに流れる三ツ矢サイダーのコマーシャルみたいだと思った。

 

そのあと、勤怠表という小さな複写式の紙に、運送会社の社員からのサインをもらって(この紙をのちにFAXで送って初めて給料が貰える)、屋外で汗を吸った作業着から私服に着替えた。

 

お疲れ様でした、の挨拶をしてから各自帰路についた。